旅の終わり2

実はさ、バリ島に行ってるときにある会社から電話がかかってきててね、店舗立ち上げでとにかく力が借りたいから来てくれって話があったんだよね。ありがたい言葉だし、タイミングもいいしさ、自分の経験が少しでも役に立てればって単純にそう思ったんだよね。それで、旅行から帰ってすぐにその会社に顔を出してみたんだ。条件は、キツかったけれど引き受けた。
でもさ、店長として辞令までもらってみたけれど、現場では、経営者の娘さんがいてさ、自分なりに仕事をしようとすると、ほとんどすべて遮られるんだよね。例えばさ、段取りさえも決まってないんで俺が作業計画を作ろうとすると「座って仕事をするな」みたいなことを言うんだ。だからさ、管理業務にこだわらず、サポート業務に徹しようと試みたんだけれどさ、今度は字さえも「下手だから書くな」と言う。そしてさ、ミーティングをしようとしても忙しいって言うしさ、相談、報告はもとより、連絡事もくれないんで無駄に早く出勤したこともあったよ。そして、なんか物申すと最後にはなんでも「社長に聞いてくれ」だしね。
結局さ、どう考えても、やる気とスキルを潰して、俺を排除しようとしてるんだよね。まあ、でもさ、よく現場ではありがちなパターンなんで、とにかく数か月はがんばってみてさ、答えを出そうって考えたんだ。

しかし、そんな中、今度は別の仕事のお誘いの電話が来たんで、おおまかな内容だけ聞いてそこに即決したよ。ここで、こんな消耗戦で時間を潰すより、決断が早いほうお互のためでもあると思ったんだよね。そして、ただちにそのことを伝えたら、すぐに帰らさせてくれた。情けない話だけれどね。まあ、少しばかり張り切り過ぎたのかなっていう反省はあるな。上から目線だった気もする。俺のほうが経験があるんだみたいなね。言葉には出さなかったけれどさ、否定的なふるまいをしてしまっていたんだろう。そういうのは、伝わるからね。まあ、良い勉強にはなった。
早く帰れたんで、その日はあきらめてた立川志の輔の独演会を見に行ったよ。そうそう、休日、早朝、夜間と勤務時間帯もめちゃくちゃハードだったから、あらゆる私用をあきらめていたんだ。
このあいだ見た「帯久」という演目を今回もやってた。浮き沈みはあるけれど、きっといいことはあるさって内容なんだよね。なんだか泣けてきたよ。

しかも次の日は娘の入学式にも行くことができた。富山市内で鴨南蛮そばも食ったよ。

しばらく、気が張りつめていたんでさ、桜がこんなに咲いていたこにさえ気が付かなかったんだよね。

そしてさ、次の仕事が始まるまで数日あったんだけれど、ある日、濱田ファームから手伝ってくれないかって電話があってさ、俺は張り切って行ったよ。そう、秋にさ、手伝いに行って怪我をしてすっかり迷惑をかけたから、そのリベンジだ。きっとさ、苗箱を並べる作業だったんで、刃物も使わないんで俺を呼んでくれたんだろうな。うららかな春の日。俺はいい汗をかかせてもらった。
休憩のおやつに桜餅を頬張ったよ。姫は言ってくれた、
「店チョー。本当にたすかります」
俺は言う。
「いやなに」
そう、俺はこのセリフが言いたくて、ここにやってきたんだ。